フランクル『夜と霧 新版』
2006-06-18 Sun 19:17
ホラー小説を連想しそうなタイトルだが、原題は「心理学者、強制収容所を体験する」。日本語版タイトルで、読者をかなり失ってると思うんですが…如何?

原題通りの内容。他者・運により自分の生死が握られ、それまでのすべて(過去の経歴・持ち物・家族)を失い、絶滅政策のなか労働力を搾り取られるだけの対象物となった医師の記録。

意味もなく殴られ、囚人以下の境遇に置かれたさまは、読んでいるだけで苦痛だ。表現がどこか文学的なので、気分が悪くなるようなことはないが、その分読みづらくて、中盤はなかなかページが進まず、私は途中で何度も寝てしまった。

しかし、終盤の強制収容所からの解放のあたりになると、息もつかなくなり、一気に読めてしまう。最終的に著者は生き延びきったが、それまでの運命の分岐点がどれほど多かったことか。それらすべてで当たりくじを引き続けなければ、生き残ることはなかった。解放が確実になってからもまだ生死を分ける選別が続き、なぜここまで残酷を引っ張るのか、気の毒で仕方がなかった。

収容所生活の途中、著者は生死不明の妻に語りかける。妻が生きているか、存在しているかは問題ではなく、精神的な存在(「本質」)を想うことで愛は満たされるのだ、と知った著者の姿に涙が出た。

そして、一番の肝要。生きる意味について。
巷には人生の目的や生きがい、生きる意味を追求した本が多いが、この1冊以上の説得力を持つ本はないと思う。何せ、生きる希望を失うと死に直結する収容所が舞台なのだから。

生きる意味とは「自分が期待されていることに応えること」と、私は読んだ。

自分が生きていくことから何かを期待して、それを生きがいとするのではなく、
自分が他者から期待されていることに応えて、喜ばれることが生きがいなのだと。

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを180℃方向転換することだ。私たちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。(P.129より引用)


だから生きる意味は、すぐに変化する。自分を期待している具体的な対象は、時によって変わるから。それに正しく応えていくことが、正しい生き方だと著者は言う(簡潔にしすぎてるかも。本文はもっと重い言葉で書いてあります)。

私は自分に期待されていることがまだ見えていない段階なため、正直なところ若年者向けにあと一言ほしいところだが、生きる意味はこの解釈が正しいかと。

はっきり言って読みづらいけど、名著と言われるだけある!
読書は「数より質」派の方、一読をお薦めします。

夜と霧 新版 夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル (2002/11/06)
みすず書房

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